SMAPの話

よくよく考えると、一番初めに好きになった芸能人は「SMAP」だったと思う。

 

まだ森くんがいて、スマスマが始まったばかりの頃、駄菓子屋さんに売っていた様な下敷き(今思えば公式グッズではなくただ写真をラミネートしたようなものだった)を持っていて、TVでSMAPの歌を聞いては歌詞をノートに一生懸命書いていた。「人生は上々だ」を見ていた私は(細かい時系列は分からないが)8〜9歳だっただろうか。

 

そんなスマスマが最終回を迎えたわけだけれど、見れば見るほど「なぜ解散する必要があるのだろう」と思わざるを得ない。おそらく過半数が同じことを思っているのではないだろうか?

CDTVでSTAYを選んだSMAP

「5.60年一緒に」と歌ったSMAP

 

何故なんだろう。

私たちには一生知り得ない事情があるのは重々承知している。

それでも、、それでも。

やはりわからない。こんなに素敵な5人がなぜ不仲だと言われ解散しなければならないのか。一般人の私でもそうなのだ。スマ担さんの気持ちは、計り知れない。

 

SMAPを超える国民的アイドルは今後存在しないのではだろうか。どんなグループでも、彼らを超えることはできない。陳腐だけれど、形式上解散をしたとしても、SMAPというグループが消えることはない。

お願いだから今からでも言ってほしい。「全部嘘だよ。解散やーめた!」と。一体誰が彼らを怒る権利を持つのだろう。

 

古畑任三郎SMAP回はビデオテープ(時代を感じる)が擦り切れるほど見た。中居くんがドラマの中で言ったセリフを今こそもう一度聞かせて欲しい。

 

SMAPは終わらせない」

 

2016年も残りわずか。

華麗なる逆襲を待っている。

アイランドの話

ジャニーズオールスターズアイランド

 

12月15日の昼公演を観てきた。

まさに「ジャニーズによりジャニーズのためのジャニーズの舞台」だった。

観劇中にメモを取らない私なので、思い出しながらニュアンスで備忘録を記そうと思う。

 

まず、噂のJrマンション。

(私はJrに関しては無知なので、友人の影響でひたすら岩本照くんを見ることにした。主に彼をメインに私の中では進んでいく)

これはなかなかの圧倒である。

さながらショーケースに飾られた色とりどりのジュエリーのようだった。

グループ毎に衣装のカラーが異なり、それぞれが紹介される。しかし、スノーマン以外全くわからない私はその時点でどれがどのグループかわからなくなり、覚えようとすることを諦めた。(残念な記憶力)

 

舞台構成としては

太鼓⇒戦争⇒オリンピック⇒宇宙

である。

戦争(陰)については藤ヶ谷くんが、オリンピック(陽)については玉森くんがそれぞれの意見を主張しながら話が進んでいく。

Jrがそれに沿ってパフォーマンスをしていく、という流れだった。

 

始めはひたすら太鼓のパフォーマンスが続く。(藤ヶ谷くんもほぼ出てこないため途中で思わず腕時計を見たらまだ30分しか経っていなかった)

 

噂の藤ヶ谷くんのソロについてはたくさんの藤ヶ谷担の方が絶賛しているが、それについては私も賛同せざるを得ない。

妖艶な踊りは驚く程に藤ヶ谷くんに似合っていて、彼独特のしなやかな動きがとてもセクシーだった。あの時ほど「藤ヶ谷くんの胸で揺れるリンゴになりたい」と思ったことはない。

 

その後もパフォーマンスは続いていくが、アクロバットの時の岩本くんの様子がおかしい。明らかに右肩が痛そうなのだ。

岩本くんは背が高いので、どうしても土台になる。セットの移動なども彼を含む一部のJrがしていたし、相当体を酷使している。それでも笑ったりセリフを言う彼を見て、泣きそうになった藤ヶ谷担の私である。

 

幕間後のゲストは堂本光一さんだった。なかなか生でパフォーマンスを見られる機会はないだろうし、思った以上の筋肉でそそられた。(?)

 

舞台は最後の最後までキラキラしていた。確かに藤ヶ谷くんの出番は少ない(彼は空き時間に楽屋で玉森くんとスーファミをしている。)し、Jrに多少の興味がないと辛いかもしれないというのが個人的な意見である。

 

戦争の話やタイタニック号沈没の話など、負の過去を振り返るシーンが多かったことで、新規の私からしてもジャニーさんの考えが垣間見れた舞台だったと思う。

 

やはり私は藤ヶ谷くんが好きだ。

出番が少なくても、ゲストのバックがガチャであったとしても、彼が出てきた瞬間に私の体温は多少上がったことが否めない。

 

さぁ、来年は何回会えるのだろうと不安と楽しみを共存させながら、明日私は飛行機で関西へと帰る。

 

私と藤ヶ谷くんと2016年の話

「新規」

という用語を知ったのはいつだっただろうか。

自分がそれに当てはまるとしっかり認識し始めたのは今年の始め頃だったと思う。

 

2015年夏、結婚をきっかけに(という言い訳をしたが、実は激務に疲れて)退職し、する事がなくなった私は随分前の飲み会で聞いた「キスマイBUSAIKU!?が面白い」という数人の話を思い出し、YouTubeを見始めた。

 

それが全ての始まりだった(大袈裟)

 

スルスルと流れるようにキング藤ヶ谷太輔にハマりそのまま今に至るわけだけれど、自分でもビックリするほどの熱量である。

趣味らしい趣味もなく、前述の飲み会では「え?横尾?誰?」だった(実はその飲み会には横尾担がいて、大阪初日を一緒に参戦する事になる)私が、まさかアイドルに夢中になるなんて……家族も友人も夫もビックリである。

 

そんな私の2016年の活動をここに記そうと思う。(誰が興味あるのか)(前置きが長い)

 

29才の誕生日前日にファンクラブ会員証を手に入れ、5月には赤坂にいた。

夫は月の半分以上が国内外問わず出張という仕事をしているので、気ままな既婚者一人暮らしの私にとって、夫がいない間に藤ヶ谷くんに会えるというのが何とも都合がいい。

そんな事もあり、結局5月は関西⇔赤坂を3回往復した。(まさか30才手前で夜行バスに乗るとは思ってもみなかった……)

 

6月はMARS舞台挨拶の大阪合戦に破れ、また東京へ行くことになる。(一体いつの私が毎月東京に行くことなど想像できただろうか……)

 

7月の大阪、名古屋。8月の東京(ヲタ活以外の1回も含むと2016年で6回目)、福岡。

9月はちゃっかりと初ドリボを観賞し、明日私はまた東京の帝国劇場へと向かう。

 

かかったお金は計算していた。5月までは……しかし夫に言わない遠征も増え、私はそっと計算することをやめた。(今はやめた会社でアルバイトをしている。もちろん藤ヶ谷くんのためである。)

 

2016年は、総合すると良い年だった。プライベートで死ぬほど落ち込む事はあったけれど、それも藤ヶ谷くんとキスマイが引き上げてくれた。(逆に出会っていなければ今ごろ私はどうなっていたのか……)

 

2017年がどうなるかはわからないけれど、私の活動は基本的に変わらないと思う。

藤ヶ谷くんが銀河一かわいい限り。

 

前置きの方が長い……